今回紹介する方法は、物凄く強力なマーケティングの概念「アップサーブ」を、どうにか自分の書店で使えないか考えに考え、他社の店長や自店舗のスタッフ、取次の担当者や出版社の営業に相談しながら作り出した一つのツールです。
もし今回紹介する方法を自店舗用にカスタマイズして使用したり、更に発展させてファンをどんどん増やしてくれる書店が増えたらと思っています。
アップサーブで最終的にたどり着いた着地点だけでなく、全体的なマーケティング概念から、悩んでいた部分まで全てを公開しようと思いますので、ぜひ参考にしていただいて、あなたの書店にも応用してください。
2つの強力なマーケティング手法
今回紹介するのは、あなたのお店のファンを増やし続ける方法で、1つのマーケティング手法が土台となってできています。まずはその基礎となる、売上を増やすための2つの手法をご説明します。
|アップセール
アップセール とはお客様に対して「もっと買って」というアプローチ方法です。
つまり、接客でもう一点を促す方法です。ファストフード店の「新発売のポテトもご一緒にいかがですか?」、ファミレスの「ドリンクバーも一緒にどうですか?」という接客での一言です。それを聞いて「少し食べてみたい」「それも付けておこう」と思うお客様が一定数いるから行っている接客です。
このもう一点追加で購入させるアプローチがアップセールです。
書店に置き換えてみると、レジ袋の中に今売りたい本のチラシを入れたり、本屋の新聞などと銘打っておすすめの本を紹介するようなものです。家に帰って袋を開けた際に、こんな本あるんだ今度読んで見よう、と思わせるのです。
こんな簡単なことをするだけで売上が上がるわけだからやらない手はありません。
しかし、少し考えてもらいたいことがあります。
ドリンクバーを勧められて、確かに欲しいかもと注文したことはあるかもしれませんが「やっぱりいらなかったな」と後悔したことはありませんか。帰り際に「勧めてくれてありがとう」と思ったことは一度でもありましたか。
恐らく一度もないはずです。
売上は上がりますが、お客様目線で考えれば、感謝することが少ないのがアップセールです。
アップセールは売り手目線であり、お客様目線ではありません。
売りたい本をどうにかこうにか欲しく思わせて買わせたからといって、結局のところ「勧めてくれてありがとう」「こんな本に出会えたのはこのお店のおかげ」と思われなければ、お店のファンにはなりません。
|アップサーブ
アップサーブとはお客様に対して「もっと満足して」というアプローチ方法です。
つまり、アップセールとは全く別の考え方で、お客様に奉仕をする方法です。この手法を使いこなしている小売は少ないです。だからこそ強力な手法ともいえます。
書店に置き換えてみましょう。以前、私は駅ビルの店舗の店長をしていました。その駅は、鉄道関係ではそれなりに有名な駅で、定期で鉄道雑誌を取っているお客様も、普通の書店よりは多くいらっしゃいました。
例えば、そういうお客様に対して、買ったレジ袋の中に「◯◯市で鉄道グッズが買えるお店」「◯◯駅周辺で鉄道グッズが買えるお店」という自作の手作りのチラシが入っていたら、どう思います。家に帰って袋を開けたお客様は、どう思うでしょうか。ネットで調べた情報をまとめた程度でいいのです。別にその店のことを知っていたっていいのです。お客様は袋を開けて、チラシを見た時に、その書店のことをこう思うでしょう。「オレの店だ」と。
もう他の書店やネットでは鉄道関連の本は買わなくなります。今後、本を買う時は、”オレの店”に行くようになることは、容易に想像できます。
そのチラシを作ったことは、直接売上に繋がることではありません。お客様に対して「もっと満足して」という奉仕の気持ちがアップサーブという手法です。
しかしこの奉仕の取り組みが、ファンを作り、”オレの店”と思うお客様を増やして行くのです。
今回は、鉄道関連の例を挙げましたが、私はこうしたアップサーブなチラシを全てのお客様のレジ袋に入れたかったのです。
とはいえ、書店の扱う「本」という商品は、あらゆるジャンル、あらゆるお客様を対象としており、どんなチラシを作ればいいのか、またはパターンのチラシを作ればいいのか、考えてもまとまらない日々が続きました。
書店のチラシの調査
そもそも書店というのは、小売店の中でも客数の多い部類に入ると思います。スーパーマーケットやコンビニのような、食料品を扱っている店を除けば、トップクラスの客数です。
テナントで入っている書店の店長であれば分かると思いますが、家具屋、家電店、アパレル、メガネ屋、自転車屋いろいろな業態がある中で、100円ショップ、薬局に継ぐ客数を誇っているのではないでしょうか。客数が多いということは、それだけレジ袋を渡しているということです。1日に数十枚、数百枚のレジ袋をお客様に渡しています。
アップセール、アップサーブ関係なく、その中に何もお客様へアプローチするものがなければ、勿体無いとも思っていました。
そこで、他社や過去にどんな事例があるのかを集めました。
一番多かったのは書店のレジ袋には、資格取得講座広告などのチラシが入っていることが多くありました。レジ袋の経費削減のために、広告を入れることで1枚レジ袋を製作する単価を下げているのです。これはもう、お客様のことなんて何も考えていない、お店の売上すらも考えていない行為です。
他社の店長などにレジ袋に何を入れたことがあるのか聞いている中で、マップを作って地域の隠れ家的な美味しいお店を紹介したことがあると聞きました。
その書店は、飲食店を紹介したかった訳ではなく、地域密着を目指した店作りをしていたそうです。その中で、地元学生などと「架空の本好きが集まるマンション」を考え、架空の住人が各階に住んでおり、住人が好きな本や行きつけのお店を好き勝手妄想していたそうです。それを売場やチラシに落とし込んで、102号室の田中さんはこんな人で、好きな本は◯◯、好物は◯◯◯のハンバーグなどと表現していたそうです。
それを聞いた途端、自分の書店に来る、全てのお客様に当てはまるキーワードが見つかりました。
「地域」です。
地域と共にあるのが書店
書店にとって地域は最強のキーワードです。地域と共にあります。
地域の文化・教養を支えてきた一役は書店であり、どの書店も何かしらの形で地域貢献をしてきているはずです。
- 地方で誰かの講演がある際には、その地域の書店に講演後に本を売ってくれないかと声が掛かります。
- 市の刊行物なども書店に置かせてくれないかと市役所から声が掛かります。
- 出版イベントのサイン会や講演会を行いたいと書店に声が掛かります。
- 地元の人の自費出版の本なども置かせてくれないかと声が掛かります。
- 着ぐるみや読み聞かせイベントを行うとお子様連れの家族が楽しそうに書店に集まってきます。
地域の書店に来たお客様のほとんどが、周辺住民であるのも書店の特徴です。
であるならば、地域情報こそが全てのお客様に当てはまり、書店で買い物をしたお客様が欲しいている情報だと思いました。
とはいえ、地元の名店を紹介するのは少し違う気もしますし、毎回同じ情報ではわざわざウチの書店に足を運んで本を買う理由にはなりません。(それに名店を探すのが手間ってのもありますし、、。)
毎月変わり地域住民が欲している情報
書店で働いていると、ポスターを貼って欲しい、チラシを置かせて欲しいといった問い合わせを良く受けます。
内容は様々です。学校の演奏会、講演会や個展開催の情報、大学のオープンキャンパス、家庭教師といった商業的なものまで様々です。
意外と書店にいると、こういった情報が集まってきます。そして、こうした情報を整理してまとめたものを発信する媒体を作れば、受け手にも送り手にも需要のあるものになるはずです。
つまり「地域のイベント情報」です。
イベント情報であれば、毎月変わりますし、地域住民は自分ごととして受け止めてくれるはずです。
本の情報をチラシにまとめるのもいいですが、地域のイベント情報は地域住民にとって、価値があると思いました。全く売り込みとは関係のない情報ですが、家に帰って買った本を取り出して見た時に、今週末近所の公園でバザーがある、来週末は駅前で大道芸、ショッピングセンターではピカチュウの着ぐるイベントなんて情報が得られれば、本よりもまずそっちが気になりますよね。その本の値段以上の価値を与えれれたことになります。
この店で本を買うと、毎回地域のイベント情報がチラシで入ってくるとなれば、どうでしょう。ネット書店では絶対に真似できないお客様への奉仕です。地域の人達は全員”オレの店”と思ってくれるはずです。
さらにこのイベント情報というのは、発信を続けると、今度は情報がより集まって来るようになります。ウチも載せて欲しい、といった具合にどんどん情報が集まり出します。そうなると、情報が欲しければこの書店に行けばいいとなるのです。ここまできたら、他社、他業種がどんなことをしても太刀打ちできない地域の書店へと成長します。
また、外商部がある書店などは営業ツールとしても有効です。
例えば、学校外商で学校のバザー情報、演奏会の情報など載せれますと先生とコミュニケーションツールになりますし、そういった情報を掲載・発信してくれる書店との繋がりがより強いものになってもきます。
「より売りたい」から「よりお客様の為に」のアップサーブで、書店のレジ袋に入れるチラシを考えてみた結果、地域のイベント情報という結論に至りました。この取り組みは、まだまだ発展途上であり、アップセールと違い実践した直後から成果が出るものではありません。ただし、気づいた頃には他が真似できないほどの愛される書店になる力を秘めています。
ぜひ自分のお店でやれることがあれば、実践してみてお客様の反応を見ていただきたいです。